株式投資をする際は、「企業の倒産」に細心の注意を払わなければなりません。当たり前ですが、投資先企業が倒産すると投資したお金のほぼ全額を失ってしまいます。
そのため、投資候補の企業を分析するときは、その企業の安全性(財務体質)を評価する必要があります。このとき役立つのが貸借対照表(バランスシート、B/S)です。
一般的に、自己資本比率、流動比率、当座比率などの指標を確認しておけば、企業の安全性をある程度把握することができます。
ただ今回は、少し上級者向きの指標として固定長期適合率について解説します。また最後に、固定長期適合率と流動比率の関係についても確認します。今回の記事を読むことで、貸借対照表の理解がいっそう深まるでしょう。
貸借対照表(バランスシート、B/S)の基本
まずは貸借対照表について復習しておきます。
貸借対照表は「資金の調達方法」と「資金の使い道」を示した表です。通常、表の右側に資金の調達方法(負債と純資産)、左側に資金の使い道(資産)が書かれています。
このとき、右(負債+純資産)と左(資産)の値が必ず等しくなることから、貸借対照表は「バランスシート(B/S)」とも呼ばれます。
<資金の調達方法>
負債 | 銀行からの融資や社債の発行などで集めたお金(=借金) |
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純資産 | 株主からの出資金や会社が過去に得た利益 |
<資金の使い道>
資産 | 事業活動を行うために必要なもの(現預金、原材料、在庫、機械、工場、土地など) |
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企業が倒産する原因と負債の種類
冒頭で、「株式投資をするときは企業の倒産に注意が必要」と述べました。それでは、企業が倒産するのはどういうときでしょうか?
企業が倒産する原因は「赤字だから」ではありません。企業が倒産する原因は「借りたお金を返せなくなるから」です。つまり、手元の現金がなくなって借金を返済できなくなると、黒字企業でも倒産してしまうのです。いわゆる「資金繰りの悪化」や「資金がショートする」という状況です。
そのため、企業の財務体質を分析するときは、「借金を返済できないリスク」を確認する必要があります。
このとき重要なのが、返済期限が間近(1年以内)に迫っている借金です。この借金のことを流動負債といいます。一方、返済期限がまだまだ先(1年以上先)の借金のことを固定負債といいます。当然、流動負債が多いと倒産リスクが高くなります。
説明 | 例 | |
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流動負債 | 1年以内に返済が必要な負債 | 短期借入金、買掛金(商品を買ったけどまだ支払っていない代金)など |
固定負債 | 1年以内に返済しなくてもよい負債 | 長期借入金、退職給付引当金(将来支払う予定の退職金)など |
以上を踏まえて、貸借対照表の右側(資金の調達方法)を整理すると以下のようになります。
資産の種類
先程、「流動負債が多いと倒産リスクが高くなる」と述べました。ただ、流動負債が多くても、返済期限までに現金を用意できるのであれば問題ありません。つまり、すぐに(1年以内)に現金化できる資産が多ければ問題ないのです。このような資産のことを流動資産といいます。
一方、1年以内に現金化できない資産のことを固定資産といいます。「借金返済」という観点から考えると、固定資産よりも流動資産のほうが資産の質は良いと考えられます。
説明 | 例 | |
---|---|---|
流動資産 | 1年以内に現金化できる資産 | 現預金、受取手形および売掛金(商品を売ったけどまだ受け取っていない代金)、有価証券、棚卸資産(在庫)など |
固定資産 | 1年以内に現金化できない資産 | 機械、工場、土地など |
以上を踏まえて、資金の使い道(貸借対照表の左側)を整理すると以下のようになります。
固定長期適合率の意味と計算方法
上述のとおり、固定資産は換金性が低い資産です。そのため、固定資産を購入するときは、できれば自己資本(返済する必要のないお金)や固定負債(返済期限が1年以上先の借金)で購入したいところです。
このことは、マイホームを買う場面を想定すればわかりやすいと思います。数千万円ものマイホームを購入するときは、自己資金や長期のローンを利用するのが一般的です。もし、「ローンは1年以内に全額返済してください」と言われるとほとんどの人は困ると思います。
つまり、固定資産は自己資金や固定負債で買うから安心できるのです。
そして、固定長期適合率は「固定資産をどのような資金で購入しているか?」を確認するための指標です。具体的には以下の計算式で計算します。
固定長期適合率(%) = 固定資産 ÷ (自己資本 + 固定負債) × 100
仮に、固定長期適合率が100%以上だったとします。これは「自己資本や固定負債よりも固定資産が大きい」ことを意味します。言い換えると、流動負債を使って固定資産を購入しているのです。
先程のマイホームの例を思い出してください。上の図は、1年以内に返済が必要な借金を利用してマイホームを購入している状態を表しています。そのため、期限までに借金を返済できないリスクがあります。つまり、倒産リスクがあるのです。
そのため、固定長期適合率が100%以上の企業はあまり健全な財務体質とは言えません。そのような会社は投資対象から外したほうがよいでしょう。
東海旅客鉄道(JR東海)の貸借対照表
それでは、実際に貸借対照表を見ながら固定長期適合率を計算してみましょう。ここでは私が普段よく使っているJR東海(銘柄コード:9022)の貸借対照表を使ってみます(貸借対照表はJR東海の平成31年度3月期第2四半期決算短信より抜粋)。
固定資産は5,307,919百万円、固定負債は5,183,496百万円です。ここまでは問題ないでしょう。
次に、自己資本を計算します。今回は少し上級者向きの記事なので、自己資本を厳密に計算しておきます。自己資本は以下の計算式で計算できます。
自己資本 = 株主資本 + その他の包括利益累計額
※「純資産=自己資本+α」です。ただ、「+α」の部分は無視できるレベルのことが多いので、「純資産=自己資本」と考えても構いません。今回は上級者向きなので、厳密に計算しています。
したがって、JR東海の自己資本は「3,253,553 + 36,398」を計算して、3,289,951百万円になります。
以上より、JR東海の固定長期適合率は「5,307,919 ÷ (3,289,951 + 5,183,496) × 100」を計算して、62.6%になります。100%を大きく下回っているので、固定長期適合率は問題ないと判断できます。
このように、貸借対照表を確認すれば固定長期適合率を計算できます。慣れないうちは難しいと感じるかもしれませんが、慣れれば数分で計算できるようになります。
固定比率は計算しなくてもよい
固定長期適合率に似た指標に「固定比率」があります。固定比率は固定長期適合率から固定負債を除いた値です。
固定比率(%) = 固定資産 ÷ 自己資本 × 100
固定比率は、「借金に頼らずに固定資産を購入しているか?」を確認するための指標です。ローンを組まずに自己資金だけでマイホームを購入するようなイメージです。
借金をしていなければ財務体質としては極めて健全です。そのため、固定比率が100%以下(固定資産 < 自己資本)であれば、安全性の高い企業と考えられます。
ただ、多くの企業は銀行からお金を借りて設備投資などを行っています。つまり、ほとんどの企業は借金をして固定資産を購入しているのです。
そのため、固定比率が100%以下になる企業は少ないです。固定比率を指標に投資先を選ぶと「投資する企業がない」という状況にもなり得るので、固定比率を計算する必要はないでしょう。実際、私が投資候補の企業を分析するときも固定比率は計算していません。
固定長期適合率と流動比率は表裏一体である
最後に、固定長期適合率と流動比率の関係性について述べておきます。固定長期適合率と流動比率は表裏一体の関係にあります。
固定長期適合率は、「固定資産」「固定負債」「自己資本(≒純資産)」に着目した値です。一方、流動比率は「流動資産」と「流動負債」に着目した値です。これを貸借対照表に当てはめると下図のようになります。
この図では、固定負債と自己資本の合計は固定資産よりも大きくなっています。つまり、固定長期適合率は100%以下です。
そして、固定長期適合率が100%以下のとき「流動資産 > 流動負債」になることが図から読み取れると思います。つまり、流動比率は100%以上になります。逆に、流動比率が100%以上であれば、固定長期適合率は100%以下になります。
このように、固定長期適合率と流動比率は表裏一体の関係にあるのです。このことを把握しておけば、貸借対照表の理解もより深まるでしょう。
なお一般的に、「流動比率 120%以上」であれば、財務体質は健全と考えられています。流動比率と固定長期適合率の関係を考慮すると、そのような企業であれば固定長期適合率はほぼ確実に100%以下になります。
「純資産=自己資本+α 」の「+α」の部分が無視できないほど大きい場合は、「流動比率 120%以上」でも固定長期適合率が100%以下にならない可能性があります。
まとめ
- 企業は、現金不足に陥って借金を返済できなくなったときに倒産する。そのため、返済期限の短い借金(流動負債)が多い企業は倒産リスクが高いと考えられる。
- 固定資産は換金性の低い資産である。そのため、固定資産の購入資金に流動負債を使っている企業は財務体質に問題がある。そのような企業の固定長期適合率は100%以上になる。
- 固定長期適合率と流動比率は表裏一体である。流動比率の高い企業では必然的に固定長期適合率が低くなる。
今回は企業の財務体質を評価する指標である「固定長期適合率」について解説してきました。
固定長期適合率と流動比率は密接に関係しているため、流動比率が十分に高ければ(目安は120%以上)、固定長期適合率は100%以下になります。そのため、企業を分析する際に流動比率を計算して固定長期適合率は計算しない人も多いです。
ただ、固定長期適合率と流動比率の関係性を把握することで、貸借対照表の理解がよりいっそう深まります。貸借対照表には企業の財務体質を読み解くヒントが詰まっているので、さまざまな視点から理解しておいたほうがよいでしょう。