「株主優待のタダ取り」ともいわれる投資方法としてつなぎ売り(クロス取引)があります。つなぎ売りをすれば、株価の値下がりによって損をするリスクを完全に回避して、ノーリスクで株主優待を取得できるため、主婦や学生にとても人気のある手法です。

ただ、株の売買手数料や貸株料(株のレンタル料)などは必要になります。また、逆日歩(ぎゃくひぶ:追加の手数料)が発生するケースもあります。そして、意外と知られていませんが、配当金に関しても思わぬコストが発生する可能性があります。

このように、つなぎ売りをする場合は最大で4種類の費用が発生します。そこで今回は、つなぎ売りの概要について復習した後、4種類の費用について解説していきます。つなぎ売りはとてもお得な投資手法ですが、思わぬ出費を避けるためにも、内容をしっかりと理解しておきましょう。

つなぎ売りの概要

つなぎ売りとは、株式の現物買い(現金による株の購入)と空売り(証券会社から株を借りて売ること)を組み合わせることです。

※ 空売り:「証券会社から借りた株を売る → 後日買い戻して証券会社に返す」という流れで行う株取引。「売る → 買い戻す」の順なので、株価が下がったときに儲けられる。

これらを組み合わせることにより、株価の値下がりで損をしてしまうリスクを完全に回避できます。つまり、ノーリスクで株主優待を手に入れられるのです。

ただ、冒頭に示したとおり、つなぎ売りには「売買手数料」「貸株料」「逆日歩」「配当金の税金」の4つの費用が発生する可能性があります。

これらの費用について理解を深めるためには、「制度信用取引」と「一般信用取引」について把握しておく必要があります。そこで、まずは制度信用取引と一般信用取引について復習しておきましょう。

制度信用売りと一般信用売りの違い

空売りをするときは「制度信用取引」か「一般信用取引」を選ぶ必要があります。制度信用取引による空売りを制度信用売り、一般信用取引による空売りを一般信用売りといいます。

制度信用取引では、証券取引所が指定した銘柄を空売りすることができます。一方、一般信用取引では、証券会社が指定した銘柄を空売りすることができます。そして、これらの違いをまとめると以下の表のようになります。

制度信用売り 一般信用売り
空売りできる銘柄 証券取引所が指定した銘柄 証券会社が指定した銘柄
対応している証券会社 多い 少ない
空売りできる銘柄数 多い 少ない
出費①:売買手数料 一般信用と同じ 制度信用と同じ
出費②:貸株料 安い 高い
出費③:逆日歩 リスクあり リスクなし
出費④:配当落調整金 配当金の約85% 配当金の100%

一般信用売りができる証券会社はSBI証券、楽天証券、カブドットコム証券など数社に限られます。また、一般信用売りできる銘柄数は少ないため、制度信用売りの方がメジャーな空売り方法といえます。

ただ、一般信用売りには「逆日歩が発生しない」という非常に大きなメリットがあります。このメリットがあるため、初心者がつなぎ売りをするときは、一般信用売りをしたほうが損をするリスクが低いのです。それでは、この「逆日歩」も含めた4つの出費について順に解説していきます。

出費①:売買手数料

つなぎ売りでは、現物買いと空売り(信用売り)の注文を出すので、それぞれの売買手数料が必要となります。手数料は、証券会社や発注金額、手数料プランによって変わります。

例えば、私が使っているSBI証券で100万円の現物買いと100万円の空売りをした場合、手数料はそれぞれ487円と350円になります(いずれもスタンダートプランの税抜き価格)。また通常、どこの証券会社を使っても、制度信用売りと一般信用売りの手数料は同じです。

そして、株主優待の権利が確定したら、現物買いと空売りを相殺するために「現渡し」注文を出します。ただ、現渡し注文に手数料はかかりません。

※ 現渡し:空売りをしているので株を証券会社に返却する必要があります。すでに現物株を保有している場合に、その現物株を返却することを「現渡し」といいます。

このように、つなぎ売りでは「現物買い」と「空売り」の売買手数料が必ず発生します。

出費②:貸株料

空売り(信用売り)は証券会社から株を借りている状態なので、株のレンタル料として貸株料が必ず発生します。私が使っているSBI証券の場合、制度信用売りの貸株料は年率1.15%、一般信用売りの貸株料は年率3.9%になります。

SBI証券に限らず、ほとんどの証券会社では一般信用売りのほうが貸株料は高くなっています。ただ、つなぎ売りをする場合、空売りをする期間は最低2日間です。仮に100万円を空売りしたとして、それぞれの貸株料を計算すると以下のようになります。

  • 空売りの金額:100万円
  • 空売り期間:2日間
  • 制度信用売りの貸株料:100万円 × 1.15% × 2/365 = 63円
  • 一般信用売りの貸株料:100万円 × 3.9% × 2/365 = 214円


制度信用売りのほうが安いですが、わずかな差といえるでしょう。空売りの金額が少なければ、この差はさらに小さくなります。

ただ、空売りの期間が長くなると貸株料も高くなります。年末年始などの連休を挟んでしまうと、その分の貸株料もかかるので、注意しておきましょう。

このように、信用売りの種類に関わらず、貸株料は必ず発生します。

出費③:逆日歩

逆日歩は空売りをする人が増えた場合に発生する追加の手数料です。ただ、上の表のとおり、逆日歩が発生する可能性があるのは制度信用売りだけです。一般信用売りの場合は、逆日歩発生リスクがないので安心して空売りできます。

逆日歩の怖いところは、「いつ」「どれくらいの金額」が発生するか事前にはっきりと予測できないことです。そのため、予想以上に高額の逆日歩が発生して大きく損をしてしまうリスクがあります。

例えば、有名なケースとして2016年12月の湖池屋(銘柄コード:2226)があります。湖池屋の株主優待は1,000円相当の自社製品(スナック類)です。ところが、2016年12月に空売りをした人が多かったため、32,000円分の逆日歩が発生しました。つまり、32,000円+手数料+貸株料を支払って1,000円分のスナック類を手に入れたことになるのです。

このような高額の逆日歩は毎年発生しています。そのため、株初心者がつなぎ売りをする場合は、一般信用売りをすることをおススメします。

株取引に慣れてくると、ある程度は逆日歩の発生を予測することができます。ただ完璧に予測できるわけではないので、私がつなぎ売りをする場合も基本的には一般信用売りをするようにしています。

このように、制度信用売りをした場合は、高額の逆日歩が発生するリスクがあることを覚えておきましょう。

出費④:配当金の税金

株式を現物買いしているので、配当金をもらう権利があります。ただ、空売りをしていると、ほぼ同額を配当落調整金(はいとうおちちょうせいきん)として支払う必要があります。配当落調整金は、売り方(空売りをしている人)から買い方(信用買いをしている人)へと渡されるお金です。

通常、配当金は20.315%の税金を源泉徴収された形で受け取ります。一方、配当落調整金を支払うときは、源泉徴収前の全額(一般信用売り)もしくは15.315%の税金分を差し引いた金額(制度信用売り)を支払います。わかりにくいと思うので、以下の例を見てください。

※ 以下の文章では便宜上、税率を20%や15%として計算しています

<配当金と配当落調整金>
A社の配当金は「1株あたり10円」とします。

  • 100株を現物買いしていた場合:受け取る配当金は800円
  • 100株を一般信用売りしていた場合:支払う配当落調整金は1,000円
  • 100株を制度信用売りしていた場合:支払う配当落調整金は850円

このように、同じ銘柄に対して「現物買い」と「空売り」を同時にしていた場合は、受け取る配当金よりも支払う配当落調整金の方が多くなってしまいます。

ただ、特定口座(源泉徴収あり)を利用し、この口座で配当金を受け取るように設定しておけば(=株式数比例配分方式に設定しておけば)、この差額とほぼ同じ金額が自動的に還付されます。

税制上、配当落調整金は「譲渡損」として扱われます。譲渡損なので、通常の株式投資で生じた損失と同じように扱われるのです。そのため、配当落調整金を支払った時点で年間収支がプラスであれば「配当落調整金 × 20%」の金額が特定口座に還付されます(年間収支がマイナスの場合は翌年1月に還付されます)。

勘の鋭い人であれば、ここで「制度信用売りのほうが得なのでは?」と気づくかもしれません。その勘は正しいです。上記の具体例を用いて、還付される金額と最終的に受け取る金額を計算してみましょう。

A社の配当金は1,000円とします。受け取る配当金は20%が源泉徴収されて800円です。

<一般信用売りの場合>

  • 配当落調整金:1,000円
  • 還付される金額:200円(配当落調整金の20%)
  • 最終的に受け取る金額:800円 - 1,000円 + 200円 = 0円

<制度信用売りの場合>

  • 配当落調整金:850円
  • 還付される金額:170円(配当落調整金の20%)
  • 最終的に受け取る金額:800円 - 850円 + 170円 = 120円

このように、トータルの収支を見ると制度信用売りのほうがお得であることがわかります。この例では差額は120円ですが、配当金の金額が増えるとこの差額はさらに大きくなります。

制度信用売りには常に逆日歩リスクがありますが、このようなメリットがあることも頭に入れておいてください。逆日歩リスクをある程度予測できるようになったら、制度信用売りを使ったつなぎ売りを試してみるとよいでしょう。

いずれにしても、「特定口座(源泉徴収あり)」かつ「株式数比例配分方式」にしておけば、配当金と配当落調整金の差額を気にする必要はありません。ただ、特定口座(源泉徴収あり)と株式数比例配分方式を利用していない人は、確定申告をしない限りこの差額は返ってきません。

まとめ

  • つなぎ売りをすると「売買手数料」「貸株料」「逆日歩」「配当金の税金」の最大4種類のコストが生じる。
  • 「売買手数料」と「貸株料」は必ず必要な費用である。また貸株料は、制度信用売りよりも一般信用売りのほうが割高である。ただ、空売りする期間は短いので、その差額はわずかである。
  • 制度信用売りには高額の逆日歩が発生するリスクがある。一方、一般信用売りには逆日歩発生リスクがないため、初心者は一般信用売りを利用したほうがよい。
  • 配当金と配当落調整金には差がある。特定口座(源泉徴収あり)と株式数比例配分方式を利用していない人は、確定申告をしない限りこの差額を取り返せない。
  • 配当落調整金と還付される金額を考慮すると、一般信用売りよりも制度信用売りのほうが得である。

今回はつなぎ売りで考慮するべき4つの費用について解説しました。制度信用売りには、常に逆日歩が発生するリスクがあります。ただ、配当落調整金や還付される金額を考慮すると一般信用売りよりもメリットがあります。逆日歩の発生リスクをある程度予測できる株中級者は制度信用売りを使ったつなぎ売りを試してみるとよいでしょう。